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9月16日の誕生花は「りんどう(Gentian)」で花ことばは「悲しむ君が好き(I love you in your sadness)」。




リンドウ科でヨーロッパ・アジアが原産国になります。



紀元前180~67年、イリュリアの王であったジェンテウスは、領民がペストに苦しめられたので、山野にわけいり、神に祈ったといいます。「どうか特効薬をお教え下さい」そう言って矢を放つと、りんどうの根に刺さりました。それで薬用に用いたということです。りんどうの英名「Gentiana」は、王ジェンテウスの名前からきています。



古代エジプトでは、強壮剤、そして殺菌剤、健胃薬として知られていました。



日本では「竜胆(りんどう)」と書きます。葉が竜葵に似ており、胆のように苦いところから、この名がついたそうです。





誕生花は「りんどう(Gentian)」。

花ことばは「悲しむ君が好き(I love you in your sadness)」。


【9月15日の花占いは?】



あなたは正義感を貫き通す人。友人に裏切られる事があれば、耐え難いショックです。でも、神はあなたが正しい事を知っています。たとえ味方がいなくなっても、妥協しないで。そんな孤独感を漂わせるとき、あなたの魅力は最高に光り輝きますよ♪
【9月15日生まれの著名人は?】



16年 - ユリア・ドルシッラ、ローマ皇帝カリグラの妹(+ 38年)

『ユリア・ドルシッラ(Julia Drusilla, 16年9月16日 - 38年6月10日)は、ローマ皇帝カリグラの妹。ユリア・ドルシッラ(Julia Drusilla, 16年9月16日 - 38年6月10日)は、ローマ皇帝カリグラの妹。16年に属州ゲルマニアの現在のコブレンツ近郊で生まれる。17歳で結婚するが、37年に皇帝の地位を継いだカリグラによって離婚させられる。この時までにカリグラは彼女だけでなく他の姉妹とも近親姦を結んでいたと言われている。離婚後すぐに彼女は二度目の結婚をしたが、結婚の相手はカリグラの男色相手であったとも言われている。【カリグラとの関係】:ドルシッラは彼女の兄カリグラのお気に入りであり近親姦を行っているという噂がよくあった。2人が実際に何らかの性行為をしたかに関してははっきり分からないが、のちの学者はカリグラの評判を落とすという目的のもとで彼女を売春婦にたとえた。彼の妹達との残虐な近親相姦についての噂はこの現象から生じたと考えられている。また、当時の上流階級の会食の風習が誤解されて近親相姦という噂に結びついたのではないか、とも言われている。当時の貴族は友人知人を招いて会食を家の主人と妻で取り仕切るのが習わしだったが、もし主催者が独身の男性の場合は本来妻がいるべき場所に自分の姉妹達を交替で座らせるのが常だった。しかしカリグラはその伝統を守らず、あくまでもその場所をドルシッラのための場所とした。また彼はドルシッラのことを妻(のように会食を取り仕切る役)と公然と皆に言っていた。このような端々の言動が誤解を招いてあらぬ方向に広がっていった可能性はある。』


1387年 - ヘンリー5世、イングランド国王(+ 1422年)

『ヘンリー5世(Henry V, 1387年9月16日 - 1422年8月31日)はランカスター朝のイングランド国王(在位:1413年 - 1422年)。ヘンリー4世と最初の妻メアリー・ド・ブーンの子。クラレンス公トマス、ベッドフォード公ジョン、グロスター公ハンフリーの兄。ヘンリー6世の父。若年の時から戦いに参加し、父を助けてランカスター朝成立期の国内平定に貢献した。1413年3月20日に即位すると積極的な大陸経営を目指し、翌1414年、フランス国内のブルゴーニュ派とアルマニャック派の内紛に乗じて休戦中であった百年戦争を再開して、1415年10月25日アジャンクールの戦いで大勝し、フランス軍主力を壊滅させた。1420年6月2日、フランス王シャルル6世の娘キャサリン(カトリーヌ)と結婚、トロワ条約を締結して自らのフランス王位継承権を認めさせ、ランカスター朝の絶頂期を築いたが、2年後に急死した。【シェイクスピア史劇】:シェイクスピアの史劇『ヘンリー五世』の主人公として取り上げられ、『ヘンリー四世 第1部』『ヘンリー四世 第2部』でも重要な役回りで登場する。』


1462年 - ピエトロ・ポンポナッツィ、イタリアの哲学者(+ 1525年)

『パドヴァ大学自然哲学教授。アヴェロエス主義。アレクサンドロス主義と思想的転向を重ねて、1516年に発表した論文が霊魂可滅論と受け取られ、激烈な霊魂論争に巻き込まれる。【著作】:『霊魂の不死性について』(1516)、『自然的結果の原因について、または呪文について』、『運命について』など。』


1507年(正徳2年8月10日)- 嘉靖帝、第12代明皇帝(+ 1566年)

『嘉靖帝(かせいてい、1507年 - 1566年、在位:1521年 - 1566年)は中国明朝の第12代皇帝。諱は厚熜(こうそう)(熜の字は火偏+總)。廟号は世宗(せいそう)。日本では在位中の元号から一般的に嘉靖帝と称される。先帝である正徳帝の従弟に当たり、弘治帝の弟の興王朱祐杭(しゅゆうこう)の次男。兄が先に没したために父の後継者(世子)となる。1519年に父が没するが、まだ父の地位を継承する以前の1521年になって正徳帝が死去。正徳帝の子が早世していたため、正徳帝にもっとも血筋の近い皇族と言うことで傍系でありながら皇帝に即位した。』


1557年 - ジャック・モーデュイ、フランスの作曲家(+ 1627年)

『ジャック・モーデュイ(Jacques Mauduit, 1557年9月16日 – 1627年8月21日)はフランス後期ルネサンス音楽の作曲家。16世紀後半のフランス人作曲家では最も革新的な一人で、新しい方法で声楽と器楽を結び付け、イタリアからヴェネツィア楽派の壮麗な分割合唱様式を導入した。ピエール・ド・ロンサールの葬儀のために作曲した《死者のためのミサ曲》によって有名。モーデュイの生涯について多くの情報はマラン・メルセンヌに由来する。パリの貴族の家庭に生まれ、人文学や語学・哲学に卓越した教育を受けるが、やがて音楽を独習するに至る。ジャン=アントワーヌ・ド・バイーフによって創設された「詩と音楽のアカデミー」の一員となり、「古風な韻律音楽」を普及しようと試みた。これは、近代的なフランスの韻文と音楽を用いて、古代ギリシャの音楽の修辞法と倫理学を再興しようとする試みであった。1581年にリュート奏者で作曲家のティボー・ド・クルヴィルが没すると、モーデュイが首席音楽家に就任した。モーデュイは明らかに気概のある人物だったらしく、1589年から1590年までユグノー戦争の血みどろの終局におけるパリ攻囲の間、クロード・ル・ジュヌのパリ脱出を支援した(もしル・ジュヌが囚われていたなら、二人とも処刑されていただろう)。そればかりか、ル・ジュヌの作品やバイーフの未出版の作品を保存するのに力を尽くした。モーデュイは「詩と音楽のアカデミー」の同人の誰よりも長生きし、1621年にパリに没した。メルセンヌは、イングランド流儀のヴァイオル・コンソートをフランスに導入した人物ともみなしており、ヴィオールに第6弦を加えたのもモーデュイであると主張している。』


【PS.下記超著名人必至♪(汗)いやいや、おいらの脳がNO!もうダァメェポォー!って言ってるんでって言い訳にもなりませんね。寝るお時間なのです。そして、プロ野球がテレビ中継であった事。そしてラジオなど同時解釈を行っていたわけですけど、どうやら現在困難のようでって、これもいい訳かっ♪でも、こんな日もありますよね。。。ね!;><)ノしかし、世界を知る事の面白さに今更気づくなんて。。。明日は半分ほどプロフ読めるといいなぁ~#-p-)ノではぁ~<<日本太郎家家訓>>毎日でなくてもいい!ときどき、いい日でありますように(ー人ー;)☆】


1651年 - エンゲルベルト・ケンペル、ドイツの医師・博物学者、『日本誌』著者(+ 1716年)

1725年 - ニコラ・デマレ、フランスの地質学者(+ 1815年)

1745年(ユリウス暦9月5日) - ミハイル・クトゥーゾフ、ロシアの陸軍軍人(+ 1813年)

1782年(乾隆47年8月10日)- 道光帝、第8代清皇帝(+ 1850年)

1795年 - サヴェリオ・メルカダンテ、イタリアの作曲家(+ 1870年)

1797年 - アントニオ・パニッツィ、第6代大英博物館館長(+ 1879年)

1827年 - アルベール・ゴードリー、フランスの地質学者(+ 1908年)

1837年 - ペドロ5世、ポルトガル王(+ 1861年)

1853年 - アルブレヒト・コッセル、ドイツの医学者(+ 1927年)

1856年 - ヴィルヘルム・フォン・グレーデン、ドイツの写真家(+ 1931年)

1858年 - アンドルー・ボナー・ロー、イギリス首相(+ 1923年)

1859年(咸豊9年8月10日) - 袁世凱、中国の政治家・軍人(+ 1916年)

1881年 - 米窪満亮、労働運動家・政治家・作家(+ 1951年)

1884年 - 竹久夢二、画家(+ 1934年)

1886年 - ジャン・アルプ、アルザス(現フランス領)出身の彫刻家・画家・詩人(+ 1966年)

1887年 - ナディア・ブーランジェ、フランスの音楽教師・指揮者(+ 1979年)

1887年 - 本郷かまと、元世界最長寿記録者(+ 2003年)

1891年 - カール・デーニッツ、ドイツ海軍軍人(+ 1980年)

1898年 - H・A・レイ、ドイツ出身の絵本作家(+ 1977年)

1898年 - 河西三省、NHKアナウンサー(+ 1970年)

1901年 - アンドレ・ブリュネ、フランスのフィギュアスケート選手(+ 1993年)

1916年 - 重松通雄、元プロ野球選手(+ 1979年)

1922年 - 山本健一、技術者・元マツダ社長

1923年 - 江見俊太郎、俳優(+ 2003年)

1923年 - リー・クアンユー(李光耀)、シンガポール初代首相

1924年 - ローレン・バコール、アメリカの女優

1927年 - 緒方貞子、元国連難民高等弁務官

1927年 - 坂本義和、政治学者

1927年 - ピーター・フォーク、アメリカの俳優

1927年 - 平野謙二、元プロ野球選手

1928年 - 古橋広之進、元水泳選手、元日本オリンピック委員会会長(+ 2009年)

1934年 - ジョージ・チャキリス、アメリカの俳優

1935年 - 中村和臣、元プロ野球選手

1935年 - 南部利昭、南部家当主・靖国神社宮司(+ 2009年)

1935年 - カール・アンドレ、アメリカの彫刻家・詩人

1939年 - ブレイテン・ブイレイテンバッハ、南アフリカの画家・反アパルトヘイト運動家

1941年 - 渡辺秀武、元プロ野球選手(+ 2007年)

1941年 - リチャード・パール、アメリカの元政治家

1942年 - 古川紘一、森永乳業社長

1943年 - オスカー・ラフォンテーヌ、ドイツ社会民主党党首・ザールラント州首相

1943年 - 野田圭一、声優

1944年 - アルト・シェンク、オランダの元スケート選手

1945年 - 江田昌司、元プロ野球選手

1947年 - アレクサンドル・ルツコイ、ソ連およびロシアの陸軍軍人・政治家

1952年 - ファトス・ナノ、アルバニアの政治家・元アルバニア共和国首相

1954年 - 安藤まさひろ、ギタリスト、T-SQUAREのリーダー

1954年 - 三井雅晴、元プロ野球選手

1954年 - アシュリタ・ファーマン、アメリカの実業家(ギネス記録を多数保持)

1956年 - ミッキー・ローク、俳優 プロボクサー

1956年 - デビッド・カッパーフィールド、マジシャン

1957年 - 東国原英夫(そのまんま東)、宮崎県知事・元お笑い芸人

1957年 - 秋月りす、漫画家

1958年 - 寺島尚正、文化放送アナウンサー

1958年 - オーレル・ハーシハイザー、アメリカの元メジャーリーガー

1960年 - メル・ホール、アメリカの元プロ野球選手

1960年 - 園部啓一、声優

1964年 - 松井成行、漫才師シンデレラエキスプレス

1965年 - カール=ハインツ・リードレ、ドイツ出身の元サッカー選手

1967年 - 奥浩哉、漫画家

1968年 - 内野聖陽、俳優『風林火山!さっそく検索♪・・・』

1968年 - ラファエル・アルコルタ、スペインのサッカー選手

1968年 - マーク・エーカー、元プロ野球選手

1969年 - マーク・アンソニー、アメリカの歌手

1970年 - 永山邦夫、サッカー選手、指導者

1972年 - 宮川大輔、お笑い芸人(元チュパチャップス)

1973年 - 沢村通、元野球選手

1973年 - アレクサンドル・ヴィノクロフ、カザフスタン出身の自転車競技選手

1974年 - 吉高寿男、脚本家

1976年 - 川井貴志、プロ野球選手

1979年 - 奥村愛、ヴァイオリニスト

1979年 - 坪井慶介、プロサッカー選手(浦和レッドダイヤモンズ)

1979年 - 中谷雄太、騎手(JRA)

1980年 - 徳井健太、お笑い芸人(平成ノブシコブシ)

1980年 - 押川カズヒロ、ミュージシャン(せきずい)

1980年 - 溝呂木賢、俳優

1981年 - 范冰冰、中国の女優

1981年 - アレクシス・ブレデル、アメリカの女優・モデル

1982年 - 斧口智彦、俳優

1982年 - リーヌス・ゲルデマン、ドイツ出身の女子自転車競技選手

1982年 - リディア・マノン、アメリカのフィギュアスケート選手

1983年 - カースティ・コベントリー、ジンバブエの水泳選手

1983年 - 坊(ぼう)、ギタリスト(元・アンティック -珈琲店-)

1983年 - 高木啓充、プロ野球選手

1983年 - 深沢和帆、プロ野球選手

1984年 - ケイティ・メルア、イギリスのシンガーソングライター

1984年 - 中野涼子、アナウンサー

1985年 - マデリーン・ジーマ、アメリカの女優

1987年 - らっぷびと、ラッパー

1988年 - 多岐川華子、タレント『お母さんゆずりの色気あり!さっそく検索♪・・・』

1988年 - 長谷川静香、声優

1988年 - キム・ルシーヌ、フランスのフィギュアスケート選手

1990年 - アンドリュー・ウエルタス、プエルトリコのフィギュアスケート選手

1993年 - 竹本慎平、ジャニーズJr

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Posted by 渡瀬側治 at 2010/09/16 23:35 | Top▲
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